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相聞道概論

相聞道概論

綺麗振りの一禮「御気持に添えず大変不調法させて頂きます。」これは文句を覺えればいいと言うものではなく、相手の説き口次第で変転させるべき物である。典型的な仁義説きならば、こう振り返すのが定石ではあるが、説き口の微妙な変転の位を観て、振り口、請け口を考えるべきである。請けるにも馬鹿請けでは、将来性が望めない。大凡請け悪が原因で浮気をされても文句は言えない義理である。基本的には請けか振りであるが説き口次第では濁し手もありうる。但し、真っ当な仁義説きに濁しは無禮であり、是は余程に説き口が曖昧な時に限る。しかし、説きと振りを越えた和敬を持つ事が眞實の戀愛者である。無論無禮説きには無視もあっていいが、茲は位観せが大事になる。位悪では、明らかに醜態であるからである。私の知る限りでは、待ちという青岸の位や包みという海景勝ち、亦夕静寂の位等があり得る。是は相聞道を行ずる上での基本的嗜みである。

汐里さんの位取りは堂々として奥ゆかしく、極めて中庸にして、静淡至妙、正節幽玄であった。之に縁って互いに來世での道交を契りあい禮節を盡す事が吉祥と呼ばれる。

ただ、二回の相聞と珈琲の應対。それで完璧な和敬を立てたものである。 此和敬を建てる事は、かなりの力量靈節が必要であり、達人技であった。最低限藝の無い戀愛稽古をして幸福になれる法はない。斯道ばりは天才のみが知るべき法であり、いさなみ、いさなぎを流祖に頂く事、明白端的である。斯道の嗜み莫き故に男女は禽獣の交わりを離れないのである。究竟人間は男か女であり異性への尊崇を以て、和敬の至りと覺ゆ。最低限、振る以上相手に振り口を熟視されたら敗けである。是は馬鹿敗けと謂われ大恥の禮義無しであって糠味噌付け或いは婆さん口とも呼ばれる最悪事である。

深夜熟考敬白

2017年4月4日

火曜日