読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

〓気づき

●愛すべきだが、とんでもない親父

(神話シリーズ)

記事「神話シリーズ」の中におけます、

http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/c/10b59e9c3cc62d3c9255507d231f7c2f

「神話と転写 その1」〜

http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/4ca98a05d3d65011263ffd74a82595ef

「神話と転写 その6」

http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/407589db4fc4c8db1305c46e21367660

などのように、神話が現代社会にも「原型」として繰り返しリピート再生する可能性を述べました。

その転写は、現代社会でも色々なパターンで生じると感じます。

神話では、

大山祇神(おおやまつみのかみ・スサノオ神が正体)の娘には、2名の姉妹の女神様がいました。

*長女は、石長姫(イワナガヒメ)。

私の感得では、御嶽山磐梯山に神縁が在る女神。

永遠性・長生き、を与える・分与することが出来る、という御神徳を天から与えられている女神。

*次女は、木花開耶姫(このはなさくやひめ)。富士山の主祭神

長女は、非常に真面目で、素直で、純粋で、責任感の強い愛情の深い女神でした。

父神・スサノオ神の言うことを良く聞き、スサノオ神も国を任せる男系男子に嫁がせるのは長女・イワナガヒメだと思っていました。

次女は、とても華やかな神性。国土を明るく繁栄させる御神徳を持ちます。

スサノオ神は、次女は男性国土神を支えるにはか弱く感じ、国を背負う逞しい男性に嫁いで守ってもらうことが良いと考えていました。

ただ、父神・スサノオ神が男親として少し気掛かりなことは、次女の美貌が勝ることを、長女が気にしていないか?

ということでした。これを不憫に思い、ひそかに心配をしていました。

長女も清楚で十分に美人な女神様でしたが、特に次女の美貌が華やかで、国土中に知れ渡るほどでした。

だからスサノオ神は、

・良い男性が現れれば、二人姉妹ともに同時に一人の男性に嫁がせれば、みな平等で丸く収まるのでは?

・これは良いアイデアだ。

という無骨な男親の特有な、とんでもない発想をして、これを本当に実行します。(なんということでしょうか?!!)

さて、神話のとんでもないこのスサノオ神の発想は、現代社会にどんな転写を生むのでしょうか?

これだけでも、色々なパターンが浮かびます。

まず浮かびます1例としては、

*神話で、姉妹を一人の男性に嫁がせた。

という原型・原盤は、

長女が素晴らしい男性と出会い、家族に紹介します。

すると次女は、とにかく理由が不明に、姉の恋人を非常に好きになってしまいます。

自分でも「ありえない!」と思っていても、神話の転写は許してはくれません。

すると次女は、義兄を陰から思い続けて、晩婚になってしまう。

な〜〜んて言う転写が現代社会で起こって来たかも知れません。

まだまだ色々な転写が有りそうです。

まあ言えますことは、とにかくスサノオ神の発想は予想を超えるトンデモナイということでした。

Pleiades.の髭男

夏物

暑くなってきたので夏物の服を買いに近くにできたサカゼンへ行ってきました。

無論の如く大きなサイズはイオンやイトーヨーカドーより多くあり探しごたえありますね。

お昼は同じ建物にある「はなまるうどん」でまるごとわかめうどんにカレーと磯辺揚げにイカ天

最近は丸亀の方が多かったですがたまにははなまるも良いですね。

美味しかったのですが秋葉原駅内のわかめソバには負けてます。

四方山話:悪魔合体の産物。

巷で噂のこれ、喰いました。

開けるとまずパイン飴の香りにくらくらします。

一枚取り出しかじると

まずパインアメの味が広がり

直後うすしお味が広がり、

後味はパインアメの甘さとうす塩のしょっぱさがブレンドされます。

でも食感はポテトチップス。

何というか、

悪魔合体の産物?

食べてると胸焼けしそうになりました。

いやはや…こりゃ一袋で十分だわ。

厳しい。

あ、上記の感想はすべて

日英150年(o^^o)☆彡

いまから42年前の昭和50年5月7日。

羽田空港にひと組の夫妻が降り立った。英国のエリザベス2世女王と夫君のエディンバラ公爵である。

英国君主の来日は初めてのことだった。

その日の夕刻には、皇居で昭和天皇主催による晩餐会が開かれ、130人の貴顕が出席するなか、日英両国の友好の深まりが確認された。

 思えば、近代日本を初めて訪れた「国賓」も英国王族であった。

明治2(1869)年7月、当時のビクトリア女王次男ルフレッド王子が豪州訪問の帰路に立ち寄ったのである。

16年に「鹿鳴館」ができるまでは、政府が徳川幕府から接収した「延遼館(えんりょうかん)(のちの浜離宮)」が迎賓館としての役割をはたしていた。

王子はここに宿泊して、明治天皇から歓待を受けた。

明治初年のこの段階では、まだ宮中晩餐会などなかった。

天皇は自ら延遼館を訪れ、王子に茶と菓子を振る舞われるというかたちの接遇であった。

 それから12年後にやはり延遼館を訪れることになったのが、アルフレッドの甥にあたるジョージ王子。

のちの英国王ジョージ5世である。

年子の兄エディとともに海軍の見習い士官として世界周遊の訓練の途上、日本に立ち寄った。

彼らもまた明治天皇から歓待され、この頃までには延遼館でも西洋式の晩餐会が催されるようになっていた。

明治以降の近代日本にとって、「大英帝国」は政治・経済・軍事・文化などあらゆる分野においてお手本とすべき国であった。

やがて極東の安全保障問題をめぐり、日英同盟が結ばれた(明治35年)。

さらに日露戦争後の日本は、英国から真の同盟者とみなされ、最高位のガーター勲章が明治・大正・昭和の歴代天皇に贈られるようになった。

皇太子時代の昭和天皇は、大正10(1921)年に欧州歴訪の旅へと出かけ、最初に降り立ったのも英国だった。

かつて祖父・明治天皇から歓待を受け、いまや国王となっていたジョージ5世が当時まだ20歳だった裕仁皇太子を大歓迎してくれた。

 しかしそれからわずか20年後に日英開戦となった。

昭和天皇に与えられたガーター勲章剥奪され、4年にわたる死闘も終結した。

昭和26年にサンフランシスコ講和条約で政府間の外交関係は再開したものの、日英両国間の「わだかまり」は続いていた。

そこに風穴を開けたのも英国王室だった。

まず2年後のエリザベス女王戴冠式に、明仁皇太子(現天皇陛下)が招待された。

1960年代に入ると、日英双方の王皇族が交互に訪問するようになり、それは昭和46年の昭和天皇香淳皇后による英国ご訪問へとつながった。

天皇にとってそれは半世紀ぶりの訪英だった。

バッキンガム宮殿で催された晩餐会では、この直前に名誉が回復したばかりのガーター勲章天皇の胸でキラキラと輝いていた。

その答礼として4年後に女王夫妻の来日が実現した。

美しい女王は日本各地で大歓迎を受けた。

それから11年後にはチャールズ皇太子とダイアナ妃が訪日し、「ダイアナ・フィーバー」が列島を駆けめぐった。

さらにその29年後の平成27年2月には、2人の長子ウィリアム王子が日本を訪れた。

この間に、徳仁皇太子殿下と秋篠宮殿下、さらに秋篠宮家の眞子さまがそれぞれ英国に留学され、今や日英の皇室と王室は3世代にわたって家族ぐるみのつき合いで結ばれている。

 もちろん第二次世界大戦の記憶は、旧英領東南アジアでの「捕虜虐待問題」をめぐっていまだにしこりとして残っている。

英国の欧州連合(EU)離脱後の日英関係も前途多難かもしれない。

しかし、王室を媒介とした150年もの絆を保ち続けている両国は、大戦という「恩讐の彼方に」、これからも協力し合いながら21世紀の世界を生き抜いていくことだろう。

明仁皇太子のご訪欧

 昭和28(1953)年3月30日、明仁皇太子(現天皇陛下)は横浜港を出発し、カナダ経由で欧州へ回られた。

英国で女王の戴冠式に出席した後は、スペイン、イタリア、ベルギー、オランダ、スウェーデンノルウェーデンマーク、西ドイツを経て、アメリカへと向かわれた。

各国で王侯らの歓待を受け、西独ではアデナウアー首相、合衆国ではアイゼンハワー大統領から親しく接せられ、6カ月半に及ぶ旅を終えて10月12日に帰国された。

                   

備忘録

ブルースクリーン【備忘録】

いとこのデスクトップPCにストップコード『0X0A』のブルスクが発症したとの相談あり。

おそらくグラボのドライバをアプデしたことが原因だろうと思って、本人に確認。

確認後、アンストして一個前のバージョンを入れたらOS起動できるようになったけど、ちょっと挙動不審なときがあるとのこと。

となるとメモリダンプ解析した方がいいかなぁと思い、またブルスクが出ても対処できるようにダンプファイルの設定をフルにしてみようと、まず自分のデスクトップPCで試してみた。

ちなみにダンプファイル云々は初体験。

ダンプファイルをフルの設定に変更したかったのでレジストリを書き換え。

HKEY_LOCAL_MACHINE

SYSTEM

CurrentControlSet

Control

CrashControl

の中の

CrashDumpEnabled

を開く

『値のデータ』を2から1へ変更

再起動

すると…ブルスク発症。

なんてこった…(―)

ストップコードは『0X74』

その後、電源長押しで強制終了

再び電源を入れ、F8連打

セーフモード

OS起動できず、

「システムファイル修復しますか?」

の画面が出てきたが、マウスもキーボードも反応しないので、電源長押しで強制終了

再び電源入れる

windowsを起動しています」

の画面がしばらくの間 出て、真っ黒の画面になったと思ったら一瞬ブルスクが出て

windowsを通常起動する」

の二択の画面が出る

やっぱりマウスもキーボードも反応せず、そのまま自動的に再起動

この繰り返し

ブルスクはほんの一瞬の時もあれば、1秒くらいの時もあったり、ずっと出てたりさまざま。

ほんの一瞬の時はストップコード見る猶予すらない。

たった一回だけ1秒くらい出た時に『0X51』が見れた。

ずっと出てる場合のブルスクのストップコードは『0X74』

これってレジストリもシステムファイルも破損してるってことだよな…

うーん…

今の構成で上がらないのであれば、構成を物理的に変えてみるか…

今回はメモリにも関連するし、物理的に弄れるのもメモリだからメモリを減らしてみるか…

あくまでもショック療法であり、何の根拠もないが…

メモリ減らしてみたが何も変わらず。

次にWindows PEで起動してみたが変化なし。

結局、素直にリカバリした。

いとこのPCも外付けHDDにデータ移行させ、リカバリしたところ、症状が出なくなったとのこと。

はー

まさか、ミイラ取りがミイラになるとは…

いやいや、また一つ勉強になりました。

飲み会から帰ってきて日課 [96.8kg]

【本日の消費カロリー】

343.68kcal

―――――――――

Stepmaniaを日課にしたい……多分やる時間帯として23時超えて無ければ大丈夫。

23時を超えていたら気分と相談。

24時を超えていたら風呂も入らないといけないし、明日に響くので流石にNG。

今日は昨日の疲れが残っていたのか無茶苦茶眠たかった。

円相場大きく値上がり 米政権先行き不透明感で

17日の東京外国為替市場は、アメリカのトランプ政権の先行きに対する不透明感からドルを売って円を買う動きが進み、円相場は大きく値上がりしました。

午後5時時点の円相場は、16日と比べて1円1銭、円高ドル安の1ドル=112円44銭〜45銭でした。一方、ユーロに対しては、16日と比べて44銭、円高ユーロ安の1ユーロ=124円68銭〜72銭でした。ユーロは、ドルに対しては、1ユーロ=1.1088〜89ドルでした。

市場関係者は「トランプ政権の先行きに対して不透明感が広がり、主要な通貨に対してドルが売られやすい展開となった。為替相場は、当面、トランプ大統領をめぐる問題に対して議会側がどう反応するかなどアメリカの政治情勢に左右される状況が続きそうだ」と話しています。

・・・

うわっちゃー 地固めするかと思いきや こうきたかとなると

明日は荒れそうですね というか暫く続くと見ていいかな。

そして2万円前に売った人は よかったかな? ただこれも今後は

議会側がどう反応するかによるみたいだから 時間がたたない

とわかりらないと言うことかな。